闇の遺跡には闇の結界が張られていた。破るには<魔法の鏡>という道具が 必要らしい。そしてその<鏡>はサザンビークにあると言う。闇の遺跡へと北 に進めた足を、すぐに南へ向けなおした。目指すサザンビークはベルガラック よりさらに南東にある。
 ようやくドルマゲスを見つけた。それなのにやつを討つどころか、相まみえ ることさえできなかった。おまけに、唯一の方法とは言え、また回り道をさせ られてしまっている。胸中は複雑だ。悔しさや苛立ちに混じり、うんざりとし たものも少なからず覚えていた。
 だからと言うわけではないだろうが、一行はいつも以上に益体もない話をし ていた。たとえば、こんなふうにだ。


「ねえ、トロデ王。ミーティアさまの婚約者って、どんな感じの人なの?」


 御者台を仰いでゼシカが問う。
 ミーティアの婚約者とはサザンビークの王子チャゴスである。もしかしたら 会うこともあるかもしれない。トロデとミーティアが本当にトロデーンの王と 姫かどうかはいまだ疑わしいが、興味を引かれなくもなかった。ヤンガスとク クールもそれとなく注意を払う。
 見た目は魔物そのものだが、鷹揚さや不遜さだけはいかにも王らしくトロデ は答える。


「うむ。肖像画で見たかぎりでは、まあまあじゃな」
「……って、実際にお会いしたことはないわけ?」
「そりゃそうじゃろう。我が国と彼(か)の国とは海により隔てられておる。 そう簡単には行き来できんわい」
「ふーん。そうね。結構離れているもんね」
「書状によれば、1度決めたことのためにはなにごとをも厭わぬ、忍耐強く、 意志の強い王子だそうじゃ。また果断に富み、行動力溢れ、いかな事態にも冷 静かつ機敏に臨むとか。王子への賛辞が絶えることはないらしい」
「へえ……。なんかすごい人そう」
「そうかあ?」


 ゼシカは感心したように絵を見張ったが、その後ろを行くククールは疑念を 呈してきた。鋭い視線は肩で流して、率直な見解を告げる。


「なーんかできすぎちゃいねえか? 誇張があるかもしれねえぜ。ウチの王子 はこんなにすごいんですってしとかなきゃ、縁談にならないだろ。実際に会っ たことがないってのが、ますますうさんくさいな」
「くぉらっ、ククール! 貴様、なんちゅー口を!」
「あっしも同意見でがす」


 ヤンガスも挙手をして意見する。


「上手すぎる話にゃ裏がある。それが世の道理ってもんでがす。大体、そうい うとき、悪いところは言わず、聞こえのいい言葉に置き換えたりなんなりする なんざ、おっさんだってやってんじゃねえんでげすかい?」
「わしはそんなことはせんわい! まったく、おのれらときたら、本っ当に礼 儀知らずなやつらじゃのう」
「そうは言っても……」
「なあ……」


 ヤンガスとククールは顔を見合わせた。ふたりは人の弱さ、汚さをよく知っ ている。そうした身からすれば、トロデの説明はうさんくさいことしきりなの である。王侯貴族といったお偉い方々を信用していないククールには特にだ。
 トロデは延々と説教──チャゴスに対する、というよりは、自分に対する非 礼について──をするが、ふたりの主張にも一理ある。ゼシカは自分の婚約者 を思い出していた。あれの場合、誇張どころか嘘も大嘘、真っ赤な嘘だった。
 と、視界の端に朱色のバンダナが映った。そういえば、彼は先ほどからひと 言も喋っていない。
 トーナは(トロデーンの近衛兵云々はともかく)トロデの家臣である。トロ デがヤンガスやククールと揉めたとき、彼は頃合を見計らって間に入り、両者 を取りなす。その彼が無反応。気に掛かった。


「トーナ?」
「え?」


 気遣わしげに呼んでみれば、驚いたような声が返ってきた。少年少年した丸 い瞳が、さらに丸くなってゼシカを見る。が、状況を悟ったのか、その眉はす ぐにすまなそうにひそめられる。


「あ。ごめん。聞いてなかった。なに?」
「別になにってほどのことじゃあないんだけど……」
「姫さまの婚約者のことだよ」


 言い淀んだゼシカを告いだのはククールである。皮肉げに笑いながら、彼は トーナに問い掛けた。


「いまの話じゃ、なかなかステキなお方らしいが、お前はどう思う?」
「どうって……」


 トーナは一瞬言葉に詰まったようだが、それは本当に一瞬だ。


「陛下が仰った通りの方に違いないよ」


 きっぱりと言う。仲間3人が、その途端、目を瞬いた。いま、なにか違和感 があったような。
 しかし、誰がなにを問うよりも先に、なにも感じなかったらしいトロデが満 足げに口を開いていた。


「うむうむ。さっすがは我が家臣。どこぞの赤いもんや山賊とは違うわい」
「へいへい。どーせ俺は修道院でもひとりだけ赤かったですよーだ」
「あっしは、もと、山賊でげす。それに、おっさんの家臣になんざ頼まれたっ てやりたかねえな」
「なんじゃとおっ!」


 そうしてまた、口論という名のじゃれ合いが始まる。それを耳にしながら、 トーナは視線を前方へ戻した。


 ──ミーティアさまの婚約者って、どんな感じの人なの?


 ゼシカのその問に、不意を突かれた思いがした。なぜなら、それまでそんな ことは気にしたことがなかったからだ。
 もちろん、ミーティアに婚約者がいることは知っている。本人から聞いてい たし、正式決定したときには祝いを述べた。城内では婚約者や結婚式のことが 日々ささやかれ、誰も彼もがこの吉事に沸いていた。

 それなのに、相手について思い巡らせたことは、ただの1度もない。

 どうしてだろう。不思議であるが、それ以上に恐い。この結婚は、国にとっ て、ミーティアにとって、とても大切な問題だ。それをまったく失念するとは 一兵士として、あってはならないことだ。なにをぼんやりしていたのだろう。

 でも、とも思う。王子とは、強く賢い、まさに王となるに相応しい人物であ る。民に慕われ、諸国からは一目置かれ、妻となる女性は心から大事にする。 神の御前で、彼女だけを愛すと誓う。そういう人のはずだ。自分ごときがあれ これと気を揉むまでもないから、考えもしなかったのだ。
 それに、そうでなくては嘘である。うつくしく、優しく、愛らしく、清らか で、それでいて芯の強いミーティア。彼女が幸せになれないと言うのなら、こ の世にどんな意味があろう。彼女が結婚するのは、だから世界一素晴らしい人 でなくてはならないのだ。

 そう。自分がミーティアのためにすべきは、考えることではなく、その幸せ を祈ること。幸せが訪れるよう、続くよう戦うこと。それだけだ。

 うなずき、顔を上げる。ミーティアが心配そうにこちらを見ているのに、そ こでようやく気づいた。表情を和らげ、語りかける。


「ご心配いりませんよ。なんでしたら、城下や王宮で王子のことを聞いてまい ります。きっと書状に謳われていた通りの……いえ、それ以上の方です。ヤン ガスもククールも戻ってきたときには諸手を挙げていることでしょう」


 言いおえると同時、遠方にうっすらと城らしきものが見えてきた。サザンビ ーク城だ。この調子なら、日暮れ前に着けるだろう。それを伝えると、トロデ は檄を飛ばしてきた。そうでなくとも、久々の街に、一行の歩調は自然と上が る。
 それゆえ、ふれられることはなかった。答えたとき、トーナがやけに儚く見 えたことも、物思いに耽っている間、表情がすっかり消えていたことも。その まま忘れ去られ、しばらく思い出されることはなかった。

 そしてトーナがそれを自覚するのは、さらに長い時間が必要であった。


(2005/01/17)



*慧さんのサイトで2100を踏ませていただいたときにリクエストさせていただいたもの。
「切ない主姫」、「出来ればサザンビークあたりで」というお願いをしっかり取り入れていただいちゃいました。
これは一人で抱えているのはもったいないと、サイトにアップさせていただく許可もいただきました。
慧さん、本当にありがとうございますっ。
慧さんの素敵小説サイトはL O C U Sはこちらから。



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